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AIにより半導体生産を革新する

IBMリサーチの研究者は、AIを使って半導体ウェハーの欠陥の由来を突き止め、半導体生産のボトルネックを分析する手法を研究
2025年06月16日

現代の半導体技術は、シリコンウェハーの上に作られた繊細な工芸品のようなものです。製造に際して、多くのステップが必要で、各ステップで何らかの欠陥が入り込む可能性があります。生産の効率と品質の向上に寄与するため、IBM リサーチの研究者は、半導体生産の全ステップを通して欠陥の原因を素早く見つけるためのアルゴリズムを提案し、ウェハーの流れを分析するための手法を新しい観点から再検討しています。

IBMセミコンダクターズのデータサイエンス・グループの責任者である井手剛率いるチームは、米国ニューヨークで5月5-8日に開催された国際会議Advanced Semiconductor Manufacturing Conference (ASMC) において3件の発表を行いました。井手博士とチームが開発したアルゴリズムは、IBMのSiViewIntelligent Fabという半導体生産における最先端のデータ・プラットフォームを活用しています。

半導体製造は、エッチングや成膜など10種類以上の異なる工程を含み、一部の工程は数10回以上繰り返されます。積層的な微細構造を作るため、全体で1,000以上の工程を経ることになります。その工程の一つ一つにおいて欠陥が入り込む可能性があり、それを調べるため、各種の計測がなされます。顕微鏡検査もその一つで、それを使って、欠陥の密度に応じてウェハーの状態の良し悪しが判断されます。

もしそこで何かの問題が判明したとしても、工程を遡ってどの装置でどういう問題が生じたのかを突き止めることは難しい問題です。一つの工程の結果はそれ以前の他のすべての工程に関係しているため、多くの要因が重なりあって一つの症状をもたらすこともあるからです。

井手博士は半導体製造を人間の人生にたとえ、「人生の初めの方でのちょっとしたしくじりが、その後の人生全体を左右することがあり得る」と述べています。製造工程においても同様に、最初の方の工程で入り込んだ微妙な問題が、後段で多大な問題を引き起こすことがあるのです。

このような診断問題は標準的な機械学習の問題設定とは異なるため、簡単な解はありません。「機械学習は典型的には、複雑な入力が与えられた時に、何かを予測するという問題を解く。しかしこれはいわば逆の問題だ」と井手博士は述べます。すなわち、最終的な良し悪しの情報が与えられた時に、どの工程に問題があったのかを特定する、というのがIBMの研究チームが取り組んでいる問題です。これは、工程の系列の情報が与えられた時に、次の工程での成否や、工程の最終結果を予測するという問題よりさらに高度です。今のところ、問題のある工程を突き止めるためには、製造時の条件を一つ一つ変えながらできるだけ多くのウェハーを流して、その上で統計処理を行って結果を見るしかありません。このような半ば手作業の方法は莫大な費用と人員が必要で、大手デバイス・メーカー以外では非現実的です。技術が高度化するにつれ、それすらも厳しくなりつつあります。

井手博士と彼のチームが研究しているのは、大量のウェハーを使って実地に確かめるという従来の方法に代わる新しい手法です。

 

どこで失敗したかを見つける

彼らのチームの最初の論文では、どの中間計測値があるウェハー上の欠陥タイプの発生に最も関係するかを突き止めようとしています。それを行うために、個々の測定項目に対する責任度を計算します。半導体製造には、イオン注入、平坦化、エッチングといった異なる物理的処理が関わります。個々の処理の後に、物理的特性を調べるための中間計測が行われます。多様な物理的処理を直接比較するのは簡単ではないため、中間計測値を個々の工程を代表する数値データとして用い、それらに対して責任度を計算することで、裏にある工程の問題を見つけようというわけです。

 

この図は中間計測値の責任度を時間順序に並べ、責任度の累積値を示したものです。工程の系列の中で、欠陥の発生確率、すなわちウェハーの「悪さ」が大きく上昇する箇所がひとつあります。これは、この時点でこのウェハーがすでに欠陥品であることが予想できたということを意味します。「これをもし知っていれば後段の処理を止めることもできたはず」と井手博士は述べています。

彼らの開発した「経路シャプレー値」という新しいアルゴリズムは、ゲーム理論におけるShapley valueの理論を、系列的処理を行うという半導体工程の特徴に則して拡張したものです。このモデルは、各装置で物理的に何が本当に起こっていたかを推測するものではなく、半導体工場のエンジニアに、いつ、どこで問題が起きた可能性が高いかを示唆することで、対処策の優先度についての手がかりを与えることを目的にしています。

 

ウェハーのたどった経路を「読む」

第2の論文では、彼らは別のモデルを使っています。良品と不良品を分類する代わりに、今度はウェハーの工程のたどった道筋から欠陥密度を予測するモデルを構築し、さらに、どの工程が最もそれに関連するかを同定するモデルを考えます。

ここでもまた、各工程の責任度を計算することになりますが、この場合、入力となる情報は、装置やレシピの番号などの各工程を特徴づける属性です。しかし、どのように工程の属性情報から数値としての責任度を計算するのでしょうか。この目的のために彼らは、「proc2vec(process-to-vector)」という新しい技術を開発しました。これは自然言語処理においてよく知られたword2vecという技術に範をとったものです。自然言語処理においては、トランスフォーマーというモデルが、詳細な文法の知識がなくても語同士のつながりを自動で発見するように、proc2vecは、ウェハーを処理する工程や中間測定値同士の隠された関連を自動で見出し、ひいては重要な性能指標を予測することを期待して開発された手法です。

IBMのチームは、IBM Research – Albanyの半導体製造ラインで取得されたウェハーの履歴をもとに、工程同士のつながりを明示的に考慮することで、欠陥密度の予測能力が顕著に向上することを確認しました。また、工程属性のなす経路に基づく彼らの新しい責任度計算のアルゴリズムが、各ウェハーについて、問題のある工程を特定する能力を持つことを示しました。たとえばあるウェハーでは、ある工程における例外的に長い待ち時間が問題を引きおこしている可能性があることが示唆されました。

 

仮定は本当に正しいか

チームの第3の論文は半導体製造ラインのWIP (work in-progress) バブルと呼ばれる好ましくない現象の解析に取り組んでいます。製造ラインでは、通常、半導体ウェハーを何枚か束ねたロットという単位で処理が行われます。WIPバブルは、ロットの交通渋滞のようなものです。製造施設の天井に敷設されたレールの上をロットは移動し、ある工程から別の工程に移動します。処理時間や待ち時間、あるいは移動時間のばらつきにより、ロットの動きには大きな不確定性があります。

どのようにロットの流れに乱れが起こるかを知るために、IBMのAdvanced Semiconductor Manufacturing Simulator (ASMS) というシミュレーター製品を使うことができます。これは都市計画に交通シミュレーターを使うのと似ています。問題は、正確なシミュレーションを走らせるには多くの計算時間が必要だということです。そのため、待ち行列理論と呼ばれる簡素化した数理モデルで、おおざっぱな生産計画を行うことがよく行われます。しかし、待ち行列理論が想定する理論的な仮定のいくつかはあまりに単純すぎ、実際の半導体製造ラインで観察されるばらつきを過小評価している疑いがある、と井手博士は述べています。

ホークス過程と呼ばれるより高度な数理モデルは、ある工程の処理完了、ロットがある装置に到着したなどの、イベントの履歴に応じて次のイベントの発生確率を予測するため、より現実に即したモデリングができると考えられます。実際にIBM Research – Albanyの製造ラインで取得したデータを分析してみると、赤池情報量基準(AIC)という指標において、待ち行列理論で使われるモデルに比べて、ずっと当てはまりの度合いがよいことがわかりました。

半導体製造ラインの効率性の指標に、「Xファクター」という量があります。これはウェハーを処理するためにかかった実際の時間を、理想的な処理時間で割ったものです。理想的な処理時間とは、製造施設にたった一枚のウェハーしかない場合の処理時間のことです。この場合、渋滞に伴う待ち時間は一切発生しないため、単に処理と移動にかかる時間の総和が処理時間となります。「実際の生産ラインでは、Xファクターは1よりずっと大きく、場合により10を超えることすらある」と井手博士は述べています。

彼らは、ホークス過程がもたらすイベントの非均一性が、ウェハーの処理時間を劇的に増やしうることを、シミュレーションを用いて示しました。従来の待ち行列理論でのモデルに比べて、Xファクターは数倍にもなります。この結果は、待ち行列理論に基づく伝統的なロット流の分析手法に深刻な限界があることを示唆するものです。

 

今後の展望

これらの研究は、まだ端緒についたばかりです。研究チームは、とりわけ、個々の製造工程についてのごく表面的な情報しか使っていないという点に大きな限界があることを認識しています。この点に対処するため、IBMリサーチの研究チームは、物理的な情報を組み込むことでモデルを改善することを計画しています。

彼らの長期的なゴールは、これらの知見やモデルを、実際の半導体生産ラインに適用し、品質と生産性の向上を果たすことです。

 

当報道資料は、2025年5月13日(現地時間)にIBM Corporationが発表したブログの抄訳をもとにしています。原文はこちらを参照ください。

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