ニュースリリース

有機EL発光材料性能予測に関する研究成果がNature専門誌に掲載
~量子コンピューター実機を用いた有機EL発光材料の励起状態計算に世界で初めて成功~

2021年05月26日

2021年5月26日
三菱ケミカル株式会社
日本アイ・ビー・エム株式会社
JSR株式会社
慶應義塾大学

三菱ケミカル株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:和賀 昌之、以下「三菱ケミカル」)、日本アイ・ビー・エム株式会社(本社:東京都中央区、代表取締役社長:山口 明夫、以下「日本IBM」)、JSR株式会社(本社:東京都港区、代表取締役CEO:エリック ジョンソン、以下「JSR」)および慶應義塾大学(本部:東京都港区、塾長:長谷山 彰、以下「慶應大」)は、IBM® Quantum Network Hub at Keio University(慶應大量子コンピューティングセンター内)※にてかねてより取り組んでいた「量子コンピューターを用いた有機EL発光材料の性能予測」の研究プロジェクトで得られた成果に関する論文が、世界的に権威のあるNature Research出版社の専門誌「npj Computational Materials」に掲載されたことをお知らせいたします。

本研究プロジェクトは、有機EL発光材料の一つであるTADF材料の励起状態エネルギーの計算を実施するため、三菱ケミカルとIBMが主導し、JSRや慶應大と共に取り組んでまいりました。従来から量子コンピューターによる計算は実機特有のエラーの発生が課題となっていましたが、今般、本プロジェクトではエラーを低減させる新たな測定手法を考案し、計算精度を大幅に向上させることに成功しました。

量子コンピューター実機を用いて実用材料の励起状態計算に成功したのは、世界初の成果となります。今後、実機の計算能力の進化と共に従来以上に精密な計算を行えるようになり、より発光効率の高い材料設計に寄与することが期待されています。

今後も、量子コンピューターを幅広い材料開発に用いるための研究を進めてまいります。

※慶應大と日本IBMが2018年5月に慶應大理工学部に開設した最先端の量子コンピューター研究拠点です。IBMが開発した最先端の量子コンピューターのクラウド利用を可能とするアジア初のIBM Quantum Hubであり、産学共同の研究拠点として三菱ケミカル、JSRは発足メンバーとして参画しています。

以上

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【本件に関するお問合せ先】

  • 三菱ケミカル株式会社 広報本部 TEL 03-6748-7161
  • 日本アイ・ビー・エム株式会社 広報代表 TEL  03-3808-5120
  • JSR株式会社 広報部 TEL 03-6218-3517
  • 慶應義塾 広報室 TEL 03-5427-1541

 

ご参考:

【本研究プロジェクトの内容について】

古典コンピューターを用いた量子化学計算において、現実の計算リソースのなかでいかに高精度で分子の励起状態を計算できるかは大きな課題である。その課題の解決に向けて、近年、量子コンピューターを用いた励起状態の量子化学計算手法が提案された。これらの手法の利活用により、計算速度は指数関数的に向上し、現在は計算が不可能とされる大きな分子サイズの物質であっても、高精度な計算が可能になると期待されている。一方でこれら手法のベンチマークテスト計算の多くは、H2やLiHなど簡単な構造を持つ分子に留まり、より複雑な構造を持つ実用材料への有効性は不明である。また量子コンピューター実機の操作エラーの影響を受けるために、実機でこれら手法の計算を実施すると望ましい計算精度は得られないという課題もある。

以上のことを踏まえて、本研究では量子コンピューターの励起状態計算手法(qEOM-VQE法とVQD法)を用いてTADF材料の励起状態エネルギーの計算を行い、どのように高精度の実機計算を実現できるかに取り組んできた。なお、TADF材料は最低一重項励起状態(S1)と最低三重項励起状態(T1)の励起状態のエネルギー準位が近い(数kcal/mol)という特性を持っている。その特性を利用して、T1状態にいる励起子が熱運動によりS1状態に遷移すれば、理論上100%の発光効率を有する魅力的な有機ELの発光材料が得られることになる。そのため、高精度のS1とT1状態の理論計算ができれば、TADF材料の開発を促進すると期待されている。

本研究では三菱ケミカルの特許で公開されている3種類のTADF材料の分子構造(PSPCz, 2F-PSPCz と 4F-PSPCz)のHOMO、LUMO分子軌道(図1)をターゲットにし、これら材料の励起状態計算を行った。計算は理想的なエラーなしの量子コンピューターシミュレータと現実のIBM量子コンピューター実機で実施した。図1で示しているように、シミュレータの計算結果(S1とT1のエネルギーギャップ)は実験値とよい相関(相関係数=0.99)を示すが、実機の計算結果は実機ノイズの影響を受けて実験値と相関性のない結果であった。この実機ノイズによる影響を取り除くために、量子系の一部の記述を特定の実験の測定結果から再構築する実験的な手法である量子トモグラフィーという技術をベースにする実機のエラーを低減する手法を考案した。具体的には、まず量子トモグラフィーを用いて実機の量子状態を測定し、次にその測定結果から実機のエラーを推定、最後にこの推定を用いて計算結果を修正する。この手法を用いたことによって、厳密解と最大88mHaの計算誤差は約4mHaに改善でき、実験値とよい相関の計算値が得られた。今後は開発したエラー低減の手法をさらに発展させ、より大きいサイズの分子軌道の計算を可能にし、多くの実用材料への応用に展開する予定である。

TADF材料(PSPCz, 2F-PSPCz と 4F-PSPCz)の構造、軌道分布と計算結果
TADF材料(PSPCz, 2F-PSPCz と 4F-PSPCz)の構造、軌道分布と計算結果

IBM Quantum Computer
IBM Quantum Computer

<共著者リスト>

  • 三菱ケミカル株式会社 Science & Innovation Center 高玘、小林高雄、渡部絵里子
  • IBM Research-Tokyo 中村肇
  • IBM Research-Almaden Gavin O. Jones、Mario Motta
  • JSR株式会社 大西裕也
  • 慶應義塾大学 菅原道彦、渡邉宙志、山本直樹

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