ニュースリリース

ナスカ台地とその周辺部で143点の新たな地上絵を発見

~ IBMのAI(人工知能)技術で地上絵の全体像把握を目指す ~
2019年11月15日

2019年11月15日
国立大学法人山形大学
日本アイ・ビー・エム株式会社

【本件のポイント】

  • 山形大学の研究グループが、ナスカ台地とその周辺部で具象的な地上絵を新たに142点発見(~2018年)
  • 山形大学と日本IBMとの共同での実証実験(2018~2019年)により、AIを活用して新たな地上絵を1点発見
  • 合わせて143点の発見
  • 山形大学とIBMコーポレーションが、ナスカ地上絵研究に関する学術協定を締結。IBMワトソン研究所のAI技術によって、ナスカの地上絵の分布を把握し、研究の加速化と保護活動への貢献が期待される

AIを活用して発見された地上絵
IBM Watson Machine Learning Community Editionによって発見された地上絵

【概要】
山形大学の坂井正人教授(文化人類学・アンデス考古学)らの研究グループは、南米ペルーのナスカ台地とその周辺部で新たに人や動物などの具象的な地上絵142点を発見しました。2018年までに実施された現地調査と高解像度三次元画像のデータ解析などにより発見したもので、主にナスカ台地の西部に分布します。紀元前100年~紀元500年頃に描かれたと考えられます。また、2018年〜2019年に実施された日本IBMとの共同での実証実験においては、高解像度な空撮写真等の大容量のデータを高速に処理できるAIサーバーIBM® Power System AC922(※1)上に構築されたディープ・ラーニング・プラットフォームIBM Watson Machine Learning Community Edition(旧名:IBM PowerAI)(※2)でAIモデルを開発し、新たな地上絵1点を発見しました。
山形大学は、2004年から坂井教授を中心にユネスコの世界文化遺産「ナスカの地上絵」研究に取り組み(※3)、数多くの地上絵を発見するとともに、保護活動を推進してきました。しかしながら、地上絵の分布調査は未だ充分ではなく、市街地の拡大に伴って、破壊が進み、社会問題となっています。このたび、日本IBMとの共同での実証実験を踏まえて、リモートセンシングとAIを研究してきたIBMワトソン研究所と共同研究を実施するために学術協定を締結しました。今後は、同社の3次元時空間データを高速かつ効率的に解析するAIプラットフォームである「IBM PAIRS Geoscope(以下IBM PAIRS)(※4)」を活用することで、地上絵の分布状況の把握を進め、現地調査に基づいた分布図を作成する予定です。これにより、ナスカの地上絵の全体像を把握し、研究を加速させるとともに、世界遺産ナスカの地上絵の保護活動への貢献が期待されます。

【背景】
ナスカ台地(約20×15キロ)の地上絵は、1994年にユネスコの世界文化遺産に指定されましたが、当時確認されていた動物や植物などの具象的な地上絵は30点程度でした。山形大学は、2010年から、人工衛星画像の分析と現地踏査によって、地上絵の分布および共伴する土器の調査を開始し、2015年までの調査によって、40点以上の具象的な地上絵を発見しています。しかしながら、地上絵の分布調査が未だ不十分なため、ナスカ市街地の拡大に伴い、地上絵の破壊が進み、社会問題となっています。地上絵の保護に向けて、その分布状況を正確に把握することが喫緊の課題です。

【研究手法・研究成果】
①仮説に基づく集中現地調査
山形大学の坂井教授らは、航空レーザー測量などにより得られた、ナスカ台地全域に関する高解像度の画像分析と現地調査によって、主にナスカ台地西部に分布する複数の小道に沿って、具象的な地上絵が集中的に描かれたという仮説を得ました。現地調査の結果、人や動物などの地上絵を新たに142点発見しました。
発見した地上絵は、具体的には、人間、動物(鳥、猿、魚、蛇、キツネ、ネコ科動物、ラクダ科動物など)です。これらの地上絵は、地表に広がる黒い石を除去して、下に広がる白い砂の面を露出することによって制作されました。ただし、これらの地上絵は、線状に石を除去して制作されたタイプの地上絵と、面状に石を除去して制作されたタイプに分かれます。前者は概して規模が大きく、全長50メートルを超える地上絵はこのタイプに属します。一方、後者は小さいものが多く全長50メートル以下です。
今回発見した地上絵のうち、最も大きい地上絵は前者のタイプで、全長100メートル以上あります。一方、最も小さい地上絵は後者のタイプで、全長約5メートル以下です。前者の方が新しく、ナスカ前期(紀元100~500年頃)に制作された可能性が高いです。一方、後者は少なくともナスカ早期(紀元前100~紀元100年頃)には制作されたと考えられます。
前者は動物の形をした儀礼場であり、ここで土器の破壊儀礼が行われたことが現地調査で判明しました。一方、後者は小道沿いや山の斜面に描かれたため、移動する際の道標として利用されたと考えられます。つまり前者は儀礼を実施するための空間として制作され、後者は見るために制作されたことになります。
なお現在、未調査のエリアなどで現地調査を実施中です。

②AIの活用(日本IBMとの共同での実証実験)
仮説を立てた場所以外にも地上絵が分布する可能性がありますが、高解像度の三次元画像というビッグデータのため、目視で画像から地上絵を見つける作業を実施した場合、膨大な年月が必要になります。そのため、この作業は非効率です。
そこで、IBM Watson Machine Learning Community Edition(旧名:IBM PowerAI)を用いて、山形大学が持つデータの一部を分析したところ、具象的な地上絵の候補が複数示されました。これらの候補の中から有望なものについて山形大学が2019年に現地調査を行ったところ、ナスカ台地の西部に新たな地上絵を1点発見しました。この地上絵は全長約5メートルと小型です。二本足で立っている人型の地上絵です。面状に石を除去して制作されたタイプの地上絵なので、ナスカ早期に制作されたと考えられます。この地上絵も小道の付近に分布しているので、一種の道標であった可能性が高いです。
このような共同での実証実験の成果を踏まえ、このたび、リモートセンシングと人工知能を研究してきたIBMワトソン研究所と共同研究を実施するために学術協定を締結しました。(2019年9月から2年間)

【今後の展望】
山形大学の過去10年間の現地調査のデータを「IBM PAIRS」上で整理し、これらのビッグデータをAIにより分析します。AIを利用して、地上絵の分布状況に関する予備調査を実施し、現地調査と合わせて、地上絵の分布図作成を進めていきます。この共同研究によって、ナスカ台地全体を網羅した地上絵の分布図を作成する作業を加速化させます。
この分布図を活用して、世界遺産「ナスカの地上絵」の保護活動を、ペルー文化省と協力して、引き続き実施していきたいと考えています。また地上絵の分布状況やそれが利用された年代を詳細に把握することによって、地上絵を制作・利用した人々の世界観に迫ることが可能になるのではないかと期待しています。

※補足

  1. IBM Power System AC922(以下 Power AC922)は、スーパーコンピューター性能ランキング「TOP500」(2019年6月 発表)で3連覇を達成した米国エネルギー省「Summit」で採用されたPOWER9プロセッサー搭載サーバーです。
    Power AC922は、PCIe Gen4、CAPI 2.0、OpenCAPI、NVIDIA NVLinkといった次世代の入出力アーキテクチャーを採 用しており、AI、ディープ・ラーニング、HPCといったワークロード向けに、大量のスループット能力を提供しています。特に、POWER9プロセッサーとNVIDIA GPU Tesla V100とはNVLinkで直結されているため、システム・メモリーをGPUメモリーとしてアプリケーションが一貫性を持って利用でき、データ移動に関する要件を少なくすることで、より大規模なAIモデル開発を迅速に行えます。
  2. IBM Watson Machine Learning Community Edition(以下 Watson ML CE)は、人気の高いオープン・ソースの  ディープ・ラーニング・フレームワークや、強力かつスケーラブルな機械学習ライブラリーSnapMLなどが含ま  れており、エンドツーエンドのディープ・ラーニング・プラットフォームとしての最適化が施されたのち、1つのエ ンタープ ライズ・ソフトウェア・ディストリビューションとして提供されます。利用者は、ディープ・ラーニング ・プラットフォームの導入/構築/更新などの運用管理の煩わしさから解放され、AIモデルの開発に注力できます。 また、Watson ML CE はクラスター環境でも稼働し、より高速かつ大規模な開発にも対応できるように設計されてい ます。
  3. 山形大学のナスカ研究:2004年から坂井正人教授を中心に研究プロジェクトがスタート。現在、ペルー文化省から正式に調査許可を取り、ナスカ台地で学術調査を実施している世界で唯一の研究チーム。2010年から2015年までに40点以上の具象的な地上絵を発見。2012年にはナスカ市に「山形大学ナスカ研究所」を設立。2015年にはペルー文化省と山形大学の間で地上絵の保護と学術研究に関する協定を締結し、保護活動にも貢献。なお、この協定に基づき、山形大学が発見した地上絵を保護するための遺跡公園が2017年に設立しました。
  4. IBM PAIRS(Physical Analytics Integrated Repository and Services)Geoscopeは地図、衛星、気象、ドローン、IoTなどからもたらされる、属性の異なる大規模な時空間情報の複合的検索及びそれらを用いた解析を実現するAI指向のビッグデータプラットフォームです。これまで膨大な時間を要とした時空間情報データ取得からデータ解析に至るまでの前処理プロセスを、独自手法によって自動化することで大幅な時間短縮を行い、迅速なデータ応用を実現するほか、衛星写真などのラスタデータにおいては画素レベルでの検索も可能にします。オープンデータとして提供される主な衛星、気象、環境関連データなどは継続的に取り込み、前処理済みデータとして応用可能な状態を提供します。 ユーザ独自の時空間情報データもほぼ全てのフォーマットに対応するインターフェースを通してオープンデータと同様に取り込むことができるため、 前処理済みのデータは、単独でも複合的にも即座に時間、空間的な検索を可能とし、例えば「米国本土の全トウモロコシ畑における2018年の生育期における平均雨量」のような複数のデータセットを統合して得られる高速検索を実現しました。 AI, アナリティクスの実行環境が実装されているため、膨大なデータ移行をすることなく、適切なソリューション構築が可能です。
  5. 本研究の一部はMEXT科研費(JP26101004)の支援を受けて行われました。

以上

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